彫刻の里、上丹生について

彫刻の里、上丹生(かみにゅう)について

琵琶湖の東北に滋賀県で唯一東海道新幹線が停まる米原駅があります。
新幹線で東京から二時間半、京都から僅か二十数分で来ることができる米原駅から十キロ東に「木彫りの里、上丹生」があります。
岐阜と三重との県境にある霊仙山から流れる丹生川と宗谷川が合流するところでもあります。

上丹生は天平時代、朝廷から「真人(まひと)」という姓(かばね)をおくられた、息長氏(おきながし)という皇室と縁のある一族が住んでおり、後に古代渡来人がもたらした情報や技術とも交流し、高度な文化圏を形成していたところです。
山あいのため、田畑は少なく、昔から木を選んで寺社や御輿、山車の彫り物などを手がけることを生業とする地域でした。

近年の、西欧の新しいデザインが流入する時代にあっても、伝承されてきた花鳥、雲水、天人仙四君子、七賢人の文様をひたすら彫り続け、日本の木彫の技と意匠を今に伝える稀有な地域です。

 

上丹生の仏壇作り

butudan明治の中頃、上丹生彫刻二代目が仏壇の彫り物を手掛けました。同じ頃、木地師、鋳金具師、塗師、箔押し師など仏壇づくりのための職人が集まりだしました。
こうして上丹生は木彫だけではなく、いろいろな分野の伝統工芸の職人が住む全国的にも珍しい工芸村として成長しました。今日でも「仏壇づくりの里」ともいわれています。

上丹生が主としてつくる浜仏壇は、正面上部に取り付けられた狭間という棒材の精綴な彫りが特徴で、木地から漆塗り、鋳金具、彫刻、箔押し、蒔絵をほどこして仕上げまで一貫して行い、世に仏壇七職といわれる磨き抜かれた伝統の技が一つの箱に結集しています。
技術の高さにもかかわらず、経営的には零細で下請けによる家内工業の域を出ませんが、積年の技術と意匠を今に受け継いでいるという意味では、歴史的・文化的に貴重なところでもあります。

上丹生が取り組む仏壇づくりの特徴は、予算の規模に合わせ、また依頼主の趣向も取り入れて、技術、材料、意匠まで世界に一つしかない「ウチの仏壇」を仕立てる点です。仏壇の相談を受けてプロデュースできる仏壇店が上丹生には五軒あり、上丹生だけではなく彦根、長浜と広域に職人をかかえて広く需要に応えています。